
前回のコラムでは、石神井公園のボートにまつわる「確率論」のお話をしました。おかげさまでジンクスへの恐怖は綺麗に片付いたかと思いますが、今回は私自身の、人生最大級の「恐怖の記憶」をお話しさせてください。
舞台は、今も昔も日本の若者文化の発信地であり続ける街――原宿です。
当時の私は、フランスのリセエンヌの佇まいや独自のこだわりを提案してくれるカルチャー誌『オリーブ(olive)』を熱狂的に愛読する、いわゆる「オリーブ少女」でした。
自分なりの審美眼を持ち、お洒落の聖地である原宿に対しては、人一倍の憧れと独自のドレスコードを抱いていたのです。
聖地にそぐわない「最悪の正装」
そんな私が中学時代、バレー部の練習試合のために、突然の試練に直面することになります。
行き先は、あろうことか原宿のど真ん中にある「外苑中学校」。
のっぴきならない理由で、気がついたときには最悪の状況に追い込まれていました。
「私は今、芋ジャージ姿で原宿駅のホームに降り立っている」
お洒落なリセエンヌたちが洗練されたステップを踏む竹下通り、および表参道。その聖地のど真ん中を、垢抜けない学校指定のジャージ姿のまま、外苑中を目指して突き進まなければならなかったのです。
それはオリーブ少女としてのプライドのみならず、多感な思春期の自意識にとって、文字通りの「拷問」であり「恐怖」そのものでした。
「早くこの場から消え去りたい」――。その一心で、私は原宿の街をただただ俯きながら駆け抜けました。
これがもし、東池袋の「アルパ」だったら、あんなにも惨めな気持ちにはならなかったはずです。
あそこなら、芋ジャージ姿のまま紛れ込んでも、不思議と街の風景にすんなり溶け込めてしまう優しさと大らかさがありました。
お洒落のハードルがどこまでも高い原宿と、ジャージのままでも許される池袋アルパの境界線。
多感な中学生の自意識は、身をもって「街の空気の違い」を思い知らされたのです。
街が要求する「ドレスコード」という見えない価値
当時はただの黒歴史でしかなかったこの経験ですが、大人になり、不動産鑑定の世界に関わるようになった今、あの猛烈な恐怖の正体がよく分かります。
私が恐れていたのは、原宿という街が持つ強烈な「ドレスコード(空気感)」の圧力だったのです。
街にはそれぞれ、長い歴史や集まる人々によって形成された固有のキャラクターがあります。
原宿には原宿の、銀座には銀座の、その場所ならではの心地よい佇まいやルールが存在します。
あの時のジャージ姿の私は、原宿という土地のキャラクターに対してあまりにも「不適合」だったからこそ、あんなにも恐ろしかったのでしょう。

※画像は、当時の記憶をAIの力で5割増し(?)に美化して再現したイメージです。実際の私も芋ジャージももっと垢抜けませんでした。
土地や建物の価値を測るとき、私たちは単に面積や駅からの距離といった数字だけを見ているわけではありません。
その街がどんなドレスコードを持ち、どんな歴史を辿り、どんな人々によって愛されてきたかという「目に見えない空気感」もまた、不動産の価値を決定づける極めて重要な要素です。
先入観やうわべのトレンドに流されることなく、その土地が持つ固有のアイデンティティを冷静に見極めること。
私たち「むかえ不動産鑑定事務所」は、かつてオリーブ少女がこだわり抜いたような鋭い審美眼と、独立した第三者としての冷徹な観察眼を両手に携えて、お客様の大切な資産の本当の価値を誠実に診断いたします。
みなさんの街には、どんなドレスコードがありますか?
お出かけの際は、お気に入りの正装で、その街の空気を存分に楽しんでくださいね。


とん助手 (とんじょしゅ)
練馬育ち | 宅地建物取引士
練馬で育ち、この街の変遷や歴史(地歴)を肌で感じながら育った宅地建物取引士。「誰もが売り込まれずに、安心して本音を話せる場所を作りたい!」という自身の経験から生まれた強い想いで、皆様の相談窓口を担当しています。
地元の細かな道から学区のブランド価値まで知り尽くす生粋の練馬っ子ならではの視点で、難しい書類や手続きも優しくナビゲート。
ブログでは、地元の愛おしい記憶を言葉に紡いでいます。
表面的なトレンドやうわべのイメージに惑わされず、その土地が持つ「本当の価値」を誠実に見極めること。
それは私たちのエッセイにも、不動産鑑定のプロとしての仕事にも共通する大切なプライドです。
