
「とん助手ジャーナル」へ、ようこそ。
本編をお届けする前に、少しだけ私の原点のお話をさせてください。なぜ私が不動産の仕事に関わりながら、こうして言葉を紡いでブログを書いているのか。その理由は、私の育った環境にあります。
私の父は、吉沢やすみ先生も師事した漫画家・貝塚ひろし先生の弟子であり、自身も『週刊少年サンデー』で連載を持っていた漫画家でした。
家の中にはいつも締め切り前の独特な熱気が漂い、たくさんの本や雑誌が溢れていました。
そんな環境で育ったからこそ、自然と「いつか私も出版の世界に携わりたい」と願うようになり、大人になってからはライターやエディターとして、長く言葉を扱う仕事をしてきました。
私にとって言葉を大切にすることは、幼い頃からのごく自然な憧れであり、歩みだったのです。
そんな少女時代、小学校の国語の授業でちょっと嬉しい出来事がありました。
この授業は誰の朗読が良かったか投じるもので、当時、朝ドラ『おしん』のヒロインだった同級生の「綾ちゃん」こと小林綾子ちゃんが、私のたどたどしい朗読にそっと「一票」を入れてくれたのです。
さすがに本人が自分自身に一票を入れられなかったからで、私以外絶対に覚えていないと思いますが、表現の天才が私の言葉を受け止めてくれたことは、今思い出しても心がじんわりと温かくなる、大切な思い出です。
一方で、私は生粋の練馬っ子でもあります。小学校で練馬や東京の歴史を学び、部活では練馬区大会、第3学区大会、そして都大会へと挑みました。その後、都立高校へ進学したこともあり、地元の練馬だけでなく、お隣の杉並や中野の街も、私にとっては呼吸するように身近で、特別な愛着のある存在です。
父のような表現者たちが明日のクリエイティブを生み出してきたこの地域で、たくさんの素晴らしい人や歴史に囲まれて育ったことを、今、心から幸せだったと感じています。
現在、私は不動産鑑定士の事務所で宅建士として、街が重ねてきた「地歴」に触れる日々を送っています。
すでに公開した第1回の「ボートの迷信」のように、このブログでは、大好きなこのエリアの豊かな歴史や、皆さんの愛おしい暮らしの記憶を、元エディターの視点から丁寧に、心を込めて言葉に変えていきたいと思っています。
「じまんはじばん」と言える強固な武蔵野台地の上で、私たちを包む温かい物語を、どうぞお楽しみに。


とん助手 (とんじょしゅ)
練馬育ち | 宅地建物取引士
練馬で育ち、この街の変遷や歴史(地歴)を肌で感じながら育った宅地建物取引士。「誰もが売り込まれずに、安心して本音を話せる場所を作りたい!」という自身の経験から生まれた強い想いで、皆様の相談窓口を担当しています。
地元の細かな道から学区のブランド価値まで知り尽くす生粋の練馬っ子ならではの視点で、難しい書類や手続きも優しくナビゲート。
ブログでは、地元の愛おしい記憶を言葉に紡いでいます。
イメージや噂に惑わされず、物事の「本当の価値」を誠実に見極めること。
それは私たちのエッセイにも、不動産鑑定のプロとしての仕事にも共通する大切なプライドです。
