
前回のコラムでは、毎日の暮らしの足元である「練馬高野台」の駅前で起きている変化から、現代の商業不動産とデジタル、そして私たちが選ぶ「街の居心地」についてお話ししました。
今回はガラリと雰囲気を変えて、真夏の太陽のように熱く、にぎやかな「野球」のお話をお届けしたいと思います。
黄金期のイケイケ感と、わが家のオレンジ色の掟
西武線沿線に暮らす私たちにとって、野球という存在は切っても切り離せない特別なものです。特に私が小・中学生だった頃の西武ライオンズといえば、まさに黄金期の真っ只中でした。バブルの空気も手伝ってか、グラウンドに立つ選手のみなさんもどこかイケイケで、破天荒なカッコよさに満ちあふれていたのをよく覚えています。
当時は石神井の街にあの石毛選手が住んでいらっしゃったこともあって、ご近所のライオンズ熱はそれはそれは凄まじいものでした。ところが、わが家のリビングだけは少し様子が違っていたのです。父が読売新聞と報知新聞をセットで愛読するほどの熱烈なジャイアンツファンだったため、当時の私には「西武を応援する」という選択肢がそもそも存在しませんでした。
実は地理的な面で見ても、当時の石神井公園からは西武球場へ向かうよりも、後楽園球場や東京ドームへ行くほうがちょっぴり早かったりするのですよね。そんなわけで、子どもの頃の私はオレンジ色のメガホンを手に、江川投手や槇原投手、そして大本命だった桑田投手の美しいフォームに胸をときめかせる日々を過ごしていました。自分が観戦に行く日に推しの桑田投手が先発マウンドに登ると、それだけで飛び上がるほどテンションが上がったものです。
大人の特権で落ちた沼と、沿線に生きる「推し獅子」の幸せ
そんな野球一色だった少女時代が過ぎ、大人になってからはすっかりスタジアムからも遠ざかっていた私ですが、人生の出会いとは本当に不思議なものです。スマホの契約特典でなんとなく見始めたインターネットのパ・リーグ中継をきっかけに、気がつけば底なしの「西武ライオンズの沼」へと見事に引き戻されてしまいました。今ではすっかり、毎晩テレビの前で一喜一憂する熱い毎日を過ごしています。
今のライオンズには、あの頃のようなギラギラした破天荒さこそないかもしれません。けれど、各駅にお気に入りの選手を配して街全体を盛り上げる「推し獅子(おしじし)」プロジェクトなど、ファンを楽しませようとする温かい企業努力が随所に感じられて、ますます応援したくなります。かつては近鉄や阪急のように鉄道会社が球団を持つスタイルが定番でしたが、今や全国的にも本当に貴重な文化となりました。
沿線をあげてみんなでひとつのチームを推せる環境は、住民にとっても日々の暮らしを彩るとっても贅沢な体験だと日々実感しています。ちなみに、現在の私の推しは隅田投手なのですが、彼は今や「所沢」という西武の本丸を守る大黒柱の推し獅子。いつか我が街、練馬高野台駅の推し獅子になってくれたら……なんて密かに夢見てはいるものの、さすがにその贅沢な願いが叶う日は来ないだろうなと、ちょっぴり苦笑いしながら今日も青いユニフォームを応援しているのです。

街と人を結ぶ「色」の力と、日常を彩るローカルコミュニティの価値
ひとつの球団を沿線ぐるみで応援できる環境は、単なるスポーツの勝ち負けを超えて、その地域に暮らす人々の帰属意識や「街への愛着」を育む素晴らしい仕組みだと感じています。駅に推しの選手のポスターがあるだけで、毎日の通勤や通学がちょっぴり誇らしく、楽しく感じられる。それこそが、数字には表れない「住みやすさ」や「街の無形の価値」を高めてくれているのです。
不動産の鑑定評価においても、駅からの距離や利便性といったスペック(ハード面)だけでなく、こうした地域コミュニティの温かさや、住民が街に抱く愛着(ソフト面)がもたらす豊かな価値を常に大切に捉えたいと考えています。

(次回は、9月2日アップ予定。ポストシーズン間近ということで、また野球のお話。「「そんなに近くて大丈夫!?」昭和世代がハラハラする、西武沿線「圧倒的至近距離」の秘密」をお届けします。どうぞお楽しみに!)

とん助手 (とんじょしゅ)
練馬育ち | 宅地建物取引士
練馬で育ち、この街の変遷や歴史(地歴)を肌で感じながら育った宅地建物取引士。「誰もが売り込まれずに、安心して本音を話せる場所を作りたい!」という自身の経験から生まれた強い想いで、皆様の相談窓口を担当しています。地元の細かな道から学区のブランド価値まで知り尽くす生粋の練馬っ子ならではの視点で、難しい書類や手続きも優しくナビゲート。ブログでは、地元の愛おしい記憶を言葉に紡いでいます。
時代とともに球団のスタイルや街の景色が変わっても、そこに暮らす人々が抱く「我が街への愛着」と、紡がれてきた確かな物語に寄り添い続けること。
駅名やデータ、数字を追うだけでは見えてこない、地域と人が織りなす本質的な価値にまで敬意を払い、誠実に評価することこそが、私たちの変わらないプライドです。
