
前回のコラムでは、私が小学生だった頃の、ある「一歩東の街」への特別な憧れの話をしました。今回は、そこから少し北西へ進んだ「大泉」のエリアへ。
私が小中学生時代を過ごし、日常のすぐ隣に日常とはかけ離れたのヒーローたちが息づいていた、最高にエキサイティングな「映画の街」の地歴と、今なお変貌を続ける都市計画のお話です。
ヨーヨーの響く校庭?トイレに現れたモモレンジャー
私の通った小中学校は、大泉の東映東京撮影所がすぐ近くという、非常にユニークな立地にありました。
そのため、なんと斉藤由貴さん主演の伝説的ドラマ『スケバン刑事』で舞台となった学校は、私の本物の小学校だったりします。
それだけでなく、『がんばれレッドビッキーズ』や『がんばれロボコン』、『バトルフィーバーJ』など、70〜80年代の東映作品を観ていると、しばしば見慣れた母校の校舎や校庭が登場し、子どもながらに不思議な高揚感を覚えたものです。
当時の大泉は、街全体が東映の広大なスタジオの延長線上のようでした。
昔、撮影所でよく開催されていたヒーローショーに母に連れて行ってもらったときのこと。
ふと入ったトイレで、あの『秘密戦隊ゴレンジャー』のモモレンジャーとバッタリ鉢合わせした衝撃は、今でも忘れられません(笑)。
また別の日には、普通の軽トラの荷台に巨大ロボットがそのままドナドナと乗せられて公道を運ばれていく、なんともシュールな光景を目撃したこともあります。
そんな環境でしたから、大泉の子どもたちにとって「東映」はただのランドマークではありませんでした。
当時の小学校では、近所の友達が当たり前のように「東映児童劇団」に通っていました。
『おしん』の綾ちゃん(小林綾子ちゃん)が同級生だったお話はプロローグでも触れましたが、他にもなんと小学生でレコードを出している子までいたりと、とにかくクリエイティブな刺激に満ちた環境だったのです。
一般的に子どもの習い事といえば、ピアノや書道、そろばん、あるいは野球やサッカーといったスポーツが定番です。しかし当時の大泉では、「東映の児童劇団に入って表現力を磨く」という選択肢が、ごく自然に地続きの未来として存在していました。
東映は、地域住民の人生の可能性をぐっと広げる、特別な文化的インフラだったのかもしれません。
かくいう私はといえば、幼稚園では体操クラブ、小学校では練馬区独自のスポーツ「ネットボール」に熱中し、中学ではバレー部と、完全にばりばりの体育会系ルートを突き進んでいたわけですが……もしあの時、劇団の門を叩いていたら、私にも「女優への道」があったのかも?なんて、今でも少し可笑しく妄想してしまいます。
ヒーローの街に迫る、もう一つの巨大な現実
しかし、そんな数々の華やかな特撮やドラマのロケ地となった私の母校周辺は、現在、もう一つの巨大な都市計画の渦中にあります。それが、東京外かく環状道路(外環)の「大泉ジャンクション(JCT)」です。
現在もなお整備が進められている外環の拡張事業にともない、私が育ったあの懐かしい小中学校の周辺は、いま大きく景色を変えつつあります。
この地域に実家があった同級生たちの中には、道路用地として国から買収され、住み慣れた土地からの移転を余儀なくされたお宅も少なくありません。
幼なじみたちの家が消え、巨大なコンクリートの構造物へと姿を変えていく光景を前に、一人の住民として、胸が締め付けられるような切なさや寂しさがあるのは事実です。
事業自体、さまざまな課題をはらんで遅れがちであり、歯がゆさを覚える部分もあります。
それでも、これからの世代が安心して暮らせる街づくりや、都市インフラの未来を見据えれば、この巨大な拡張工事がつつがなく、かつ精度高く進捗していくことを願ってやみません。

「暮らしの記憶」と、都市インフラが織りなす土地の価値
不動産や都市計画の世界に関わる立場から見れば、この外環の整備は、東京全体の慢性的な渋滞を解消し、災害時の命のラインを確保するための、絶対に避けては通れない最重要インフラ事業です。
ただ四角い土地を数字で査定するだけなら、用地買収は単なる「移転」というデータに過ぎません。
しかしそこには、かつてロボコンが走り、スケバン刑事がヨーヨーを構え、私たちが泥だらけになって部活に励んだ、かけがえのない「暮らしの記憶」と、未来の安全な街づくりのための「大きな決断」が何層にも重なり合っています。
私たちは、ただの数字としての評価ではなく、土地に刻まれた「記憶」への敬意を忘れることなく、これからの街の未来に誠実に向き合っていきたいと考えています。

(次回は、小さな子どもの大きな夢。ハンバーガー10個とパフェざんまい1週間の記憶。子どもの頃のあの「きらきらした食欲と憧れ」が鮮やかに蘇るノスタルジーエッセイです。お楽しみに!)

とん助手 (とんじょしゅ)
練馬育ち | 宅地建物取引士
練馬で育ち、この街の変遷や歴史(地歴)を肌で感じながら育った宅地建物取引士。「誰もが売り込まれずに、安心して本音を話せる場所を作りたい!」という自身の経験から生まれた強い想いで、皆様の相談窓口を担当しています。
地元の細かな道から学区のブランド価値まで知り尽くす生粋の練馬っ子ならではの視点で、難しい書類や手続きも優しくナビゲート。
ブログでは、地元の愛おしい記憶を言葉に紡いでいます。
数字だけに現れない土地の『価値』、見つめなおしてみませんか?
時代とともに街の景色や役割が変わっても、その場所で人々が紡いできた「暮らしの記憶」に寄り添い続けること。
単なる数字(評価)を追うだけでなく、国のインフラ事業(用地買収)の裏にある住民の想いまでをも視野に収める私たちの、それが大切なプライドです。
➔
➔


