
前回のコラムでは、としまえんの思い出とハリー・ポッターの歩み寄りから、地域住民との「関わり合い」が育む土地の本当の価値についてお話ししました。
今回は、夏休みを前に少し健康の大切さにも想いを馳せつつ、私自身が昨年の夏に経験した、突然の入院生活から見えてきた「街のインフラ」のお話をしたいと思います。
突然の暗転と、練馬区民としてのささやかな本音
昨年の夏、私の日常は突然の暗転を迎えました。「突発性難聴」です。
耳が聞こえづらくなるこの病気はタイムリミットが命で、すぐに集中治療が必要とのこと。気がついたときには、人生最大級の焦りと共に、即日入院の手続きが進められていました。
その時、頭をよぎったのは生粋の練馬区民としての切実な本音でした。
「できれば、近所にある順天堂(順天堂大学医学部附属練馬病院)がよかったな……」
練馬高野台駅のすぐ目の前にある順天堂は、私たち練馬区民にとって圧倒的な安心感の象徴です。
お見舞いに来る家族の動線を考えても、勝手知ったる地元の慣れ親しんだ大病院で治療を受けられるのがベストに決まっています。
しかし、無情にも病床の空き状況などの関係で、私が運ばれることになったのは、お隣の杉並区・阿佐ヶ谷にある「河北総合病院」でした。
驚くべき怪我の功名。開院2週間のピカピカな世界
少しのがっかり感を抱えながら阿佐ヶ谷へと向かった私を待っていたのは、想像を絶する「怪我の功名」でした。
なんと、私が案内されたのは、建て替えが完了してグランドオープンしてから、まだわずか「2週間」という絶妙すぎるタイミングの超新病棟だったのです!
中に入ると、どこを見渡してもホテルのようにピカピカで清潔そのもの。最新の医療設備はもちろんのこと、細部まで計算された快適な空間設計に、入院前の不安や突発性難聴のストレスは一瞬で吹き飛んでしまいました。順天堂が良かったなどと愚痴っていた自分が嘘のように、最先端の綺麗な施設で、驚くほど快適で贅沢な入院生活を送らせていただくことになったのです。
行政の区切りを越えて広がる「グラデーションの生活圏」
この少しユーモラスな闘病体験ですが、退院して改めて地図を眺めたとき、不動産の世界に関わる者として非常に面白い事実に気がつきました。
行政の書類の上では、私の家は「練馬区」であり、入院した病院は「杉並区」です。
けれど、私たち住民のリアルな暮らしや医療のネットワークは、そんな一本の境界線でスパッと割り切れるものではありません。
西武池袋線や新宿線沿線に暮らす人々にとって、大病を患ったときに「高野台の順天堂」に頼るか、それとも中央線側の「阿佐ヶ谷の河北」に向かうかというのは、非常にリアルで日常的な選択肢です。私たちは行政区という壁を意識することなく、グラデーションのように深く繋がった一つの大きな「医療インフラ生活圏」の中で、守られながら生きていることに気づかされました。

街は生き物。絶対に外せない地域インフラの視点
不動産の価値を診るとき、うわべの住所や駅からの距離だけでなく、こうした「最新の医療ネットワークがどこにあり、どう連携しているか」という地域インフラの視点は絶対に外せません。街は生き物であり、病院の建て替えといった最新の地域開発は、そのエリア全体の暮らしの質(価値)を静かに、けれど確実に押し上げています。
あの夏のピカピカの病棟の天井を見上げながら、私はこの街のインフラの頼もしさと、目に見えない暮らしの動線の広がりを、肌身をもって深く実感したのでした。
皆さんもぜひ、ご自身の暮らしの動線がどこまで豊かに広がっているか、街のインフラに目を向けてみてくださいね。

(次回は、富士見台・高野台の空の下、偉大な漫画家たちが愛し、今もクリエイティブな気風が残るあの街のストーリーをお届けします。お楽しみに!)

とん助手 (とんじょしゅ)
練馬育ち | 宅地建物取引士
練馬で育ち、この街の変遷や歴史(地歴)を肌で感じながら育った宅地建物取引士。「誰もが売り込まれずに、安心して本音を話せる場所を作りたい!」という自身の経験から生まれた強い想いで、皆様の相談窓口を担当しています。
地元の細かな道から学区のブランド価値まで知り尽くす生粋の練馬っ子ならではの視点で、難しい書類や手続きも優しくナビゲート。
ブログでは、地元の愛おしい記憶を言葉に紡いでいます。
行政が引いた境界線に囚われず、人々のリアルな営みが織りなす「暮らしのネットワーク」の息吹を感じ取ること。
高度な専門知識(鑑定)を持つだけでなく、誰よりも地域に深く根ざした存在でありたいと願う私たちの、それが大切なプライドです。
