
前回のコラムでは、西武沿線に生きる私たちが熱く盛り上がる「推し獅子」と野球の記憶についてお話ししました。
今回はそこから少しだけ時間を巻き戻し、私が小学生だった頃の、ある「一歩東の街」への特別な憧れについて綴ってみたいと思います。
モノクロの切符が教えてくれた、一歩東側の価値
「イースタンエリア」という響きを聞くと、武蔵野の練馬区民が上野や浅草といった東京の東側(下町)に憧れている姿を想像されるかもしれません。けれど実は、私にとってのそれはもっと身近で、もっとリアルな境界線でした。練馬の西の端に近い、石神井や大泉エリアで暮らしていた私にとっての「イースタン」とは、自分よりも東に位置する「江古田」「桜台」「中村橋」といった、池袋に少しだけ近い駅たちのことだったのです。
当時の西武池袋線は、今のように地下鉄を経由して銀座や渋谷、横浜へ直通するなんて夢のまた夢で、どこへ行くにも必ず「まずは池袋へ」という時代でした。だからこそ、池袋に少しでも近い街はそれだけで無条件に価値があるのだと、子どもながらに感じていたのですね。
そんな私の憧れをさらに決定づけたのが、当時の私が編み出した、ちょっと変わったひとり遊びでした。毎週のようにお家に届く新聞の折り込みチラシ、その中にある「不動産の広告」を切り取るのが大好きだったのです。当時の広告は今のようなカラフルで美しい写真付きではなく、1色刷りの紙面に駅名と価格が大きく並んだシンプルなものでした。それを 1枚ずつ切り抜くと、まるで電車の切符のように見えて、電車ごっこをするのにぴったりだったわけです。
その紙の切符を眺めるうちに、幼い私は不思議なルールに気がつきます。「江古田や中村橋の切符は、大泉の切符よりもなんだか数字(価格)が大きいな」それが不動産の「価値」の差であることは分からなくても、池袋に近い東側の駅名が書かれた切符は、どこかキラキラした高価な存在として私の記憶に深く刻み込まれていきました。
データが証明した、あの日の私の「あながち間違っていなかった直感」
それから大人になり、街の価値は単に東側にあることだけではないと理解するようになりましたが、最近になって、この幼少期の記憶が呼び起こされる面白い出来事がありました。
仕事(鑑定)の特集記事のために最新の地価公示データをマップにプロットして詳しく分析していた時のことです。西武線において、最高路線価のピンポイントの「点」の勢いだけで見れば、私の地元に近い西側の大泉学園がトップを走っています。ところが、街全体の取引実態を「面」として捉えてみると、驚くべき「東高西低」のねじれが浮かび上がってきたのです。
地価の変動率で 2桁超えを叩き出した上位ポイント(トップ4)を並べると、第1位と 2位を練馬駅周辺(東側)が占め、中央の石神井公園、そして西側の大泉学園がそれに続くという、見事な東側エリアの逆転劇がデータとして現れました。これは有楽町線や副都心線のメトロ直通利便性をダイレクトに享受できる東側に対して、現代の共働きファミリー層などの実需マネーが猛烈に流れ込んでいる生々しい証拠にほかなりません。
机の上で複雑なデータを解き明かしながら、私は思わず数十年前にリビングの床でモノクロの不動産広告を切り抜いていた自分を思い出して、心の中でニヤリとしてしまいました。あの頃、ただの電車ごっこの切符として眺めていた「東高西低」の価格差は、今の時代になっても形を変えて、本質的な「アクセス価値」の差として冷徹に機能し続けていたのです。
幼い頃の自分の感覚がデータの裏付けによって証明された嬉しさと、そんな風に不動産広告で遊んでいた子どもが、今では不動産鑑定事務所で土地の価値を見つめる仕事に携わっている不思議さ。人生というのは本当に、どこでどう繋がっているか分からないから面白いなと、改めて実感しています。

感覚を信じること、それを裏付けるデータの力
私たちは日々、無意識のうちに「この街はなんだか賑やかだな」「ここは暮らしやすそうだな」という空気感や価値を肌で感じ取っています。子どもの頃にチラシの数字を眺めて抱いたあの「憧れ」も、実は都市の利便性と地価の関係性を直感的に捉えていた、ひとつの大切な気づきでした。
不動産鑑定のプロフェッショナルとして私たちが大切にしているのは、そうした住む人の「直感や愛着」といった体感を大切にしながらも、それを地価公示や人口動態といった冷徹な「面データ」で美しく、論理的に裏付け、解き明かすことです。感覚とデータの両輪が揃って初めて、その土地の「本当の現在地」が浮かび上がってくるのです。

(次回は、9月16日アップ予定。誰もが憧れるカルチャーの街・大泉を舞台に、あの懐かしい特撮ヒーローと、私の少し意外な思い出の数々。東映撮影所とモモレンジャーの思い出 をお届けします。どうぞお楽しみに!)
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とん助手 (とんじょしゅ)
練馬育ち | 宅地建物取引士
練馬で育ち、この街の変遷や歴史(地歴)を肌で感じながら育った宅地建物取引士。「誰もが売り込まれずに、安心して本音を話せる場所を作りたい!」という自身の経験から生まれた強い想いで、皆様の相談窓口を担当しています。地元の細かな道から学区のブランド価値まで知り尽くす生粋の練馬っ子ならではの視点で、難しい書類や手続きも優しくナビゲート。ブログでは、地元の愛おしい記憶を言葉に紡いでいます。
時代とともに路線の繋がりや街の価格がどれほど変わっても、その土地が持つ利便性や、暮らす人が感じ取る価値のグラデーションに誠実であり続けること。
ただの書類の数字や文字をなぞるだけではなく、過去の記憶から現在の最新データまでを立体的に繋ぎ合わせ、土地の『本当の価値』を導き出すことこそが、私たちの変わらないプライドです。


