
前回のコラムでは、練馬まつりで体感した『あしたのジョー』の熱気と、あおい輝彦さんの痺れる生歌、そして若き日の(?)鼓笛隊パレードの思い出についてお話ししました。
今回は舞台を西武新宿線沿線へと移し、上井草駅と上石神井駅の間に鎮座するわが母校・東京都立井草高等学校の「のびのびカルチャー」と、私の甘酸っぱい(というか自爆に近い)青春の記憶をお届けします。
⛳ 部活といえば汗と泥!……の時代に爆誕生した「ゴルフ部」
私が過ごした平成初期、高校の部活動といえば野球やバレーボール、サッカーといった「汗と泥の定番スポーツ」が絶対王者として君臨していた時代でした。
そんな「スポーツ=汗と泥」の常識が渦巻く中、なんと同級生の発案によって彗星のごとく誕生したのが「ゴルフ部」だったのです! 発案者の彼は高校卒業後、そのまま海外の学校へ羽ばたいていった記憶がありますが、今思えば当時から圧倒的なグローバル感覚と先見の明を持っていたのかもしれません。
「えっ、都立高校でゴルフ!?」と周囲が二度見するような提案でしたが、それを「面白そう!」とあっさり受け入れてしまうのが、我が母校・井草高校の真骨頂。生徒の「やってみたい」という芽を面白がり、大らかに包み込んでくれる自由な校風があったからこそ生まれた、奇跡のような部活でした。
(……ちなみに、「あのとき便乗して入部しておけば、今ごろナイスショットを連発するシングルプレイヤーとしてブイブイ言わせていたかもしれないのに🤭」という、私の強欲なタラレバが時々胸をかすめます。)
🚲 ママチャリ通学の日常 vs マイカーで乗り付ける白金の先輩方
そんな私がゴルフに「二度目のアプローチ」を試みたのは、進学した明治学院大学でのこと。高校時代に遠目から指をくわえて見ていたゴルフへの情熱がふつふつと湧き上がり、意気揚々とゴルフ部の体験入部へ向かいました。
ところが、そこで待ち受けていたのは白金キャンパスに通う3・4年生の先輩方。 洗練されたスマートな立ち振る舞いはもちろんのこと、なんと一人ひとりがマイカーで颯爽と練習場に乗り付けているではありませんか!
高校3年間の通学で、ママチャリのペダルを必死に漕いで立ちこぎしていた自分の日常と引き比べた瞬間、頭の中で「カンカンカン!」と敗北のゴングが鳴り響きました。 「あ、無理。住む世界が違いすぎるわ……」と秒で悟り、一目散に撤退したのも、今となっては笑うしかない青春のドタバタ劇です。
大学時代は早々に白旗をあげたゴルフですが、大人になった現在はすっかりその魅力に取り憑かれ、日々精進しています(人生の伏線回収って、本当に分からないものですね)。

スペックを超えた「街と学校の気風」が形づくる本質的な不動産価値
今回の井草高校ののびのびとした校風や、白金エリアが持つ洗練されたブランド感。これらを不動産鑑定の視点から見つめ直してみると、駅徒歩分数や坪単価といった数字のスペックには絶対に表れない「地縁的選好性」の深さを痛感します。
白金エリアが醸し出す洗練されたブランド感も素敵ですが、井草高校が教えてくれた「枠にはめず、個性を面白がって包み込む大らかさ」もまた、その土地が長年育んできた目に見えないカルチャーであり、住み心地の良さを支える本質的な価値です。
単なる敷地の面積や評価額の数字だけを見るのではなく、そうした「数値には表れない、人々の愛着や街の愉快な気風」を大切にしながら、地域の不動産に寄り添っていくことこそが、私たちの大切な評価姿勢だと考えています。

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とん助手 (とんじょしゅ)
練馬育ち | 宅地建物取引士
練馬で育ち、この街の変遷や歴史(地歴)を肌で感じながら育った宅地建物取引士。「誰もが売り込まれずに、安心して本音を話せる場所を作りたい!」という自身の経験から生まれた強い想いで、皆様の相談窓口を担当しています。
地元の細かな道から学区のブランド価値まで知り尽くす生粋の練馬っ子ならではの視点で、難しい書類や手続きも優しくナビゲート。
ブログでは、地元の愛おしい記憶を言葉に紡いでいます。
歴史の背景や地域の「気風」によって、ひとつひとつの土地が辿ってきた歩みや性格は、それぞれ異なります。
単なるスペックの数字(評価)を機械的にはじき出すだけでなく、その土地が持つ地歴や地域ごとの個性を深く見極め、価値を見出すこと。
それが、この街とともに歩む「むかえ不動産鑑定事務所」の姿勢であり、プロとしての誇りです。
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